LOGIN今回で龍夜くん覚醒します。ただの勇者第二形態ではつまらないかなと思いまして、某バトル漫画みたいに名前をつけてみました。少しでもおもしろいと思われましたら、ぜひ評価、ブクマ、レビューいただけると泣いて喜びます。
「魔界最後のアイドル、黒星アイドル・キラノクス!」 闇に沈んだアストリア城の中心で、三つの声だけが不気味なほど鮮明に重なった。 天井の遥か上には、夜空を引き裂いたような黒い穴が開いている。吹き下ろす風が砂埃をさらい、壁際の灯りを揺らしていた。見慣れた白い柱も闇に半分呑まれ、墓標のように並んでいる。 その穴から降り立った三人は、城には似つかわしくない黒づくめの衣装をまとっていた。 中央の青年は胸元へ手を添えて顎を上げ、右の少年は両手を顔の横で広げ、左の女は腰に手を当てて斜めに立つ。指先の角度まで揃った姿から、何度も練習してきたのだと嫌でも分かった。 水晶玉に映っていた三人だ。 だが、俺は何も返さなかった。 アストラル・オースを両手で握り、ミユウとルゥを背後に置ける位置へ半歩ずれる。金色の髪を風にあおられながら、制服の靴底で石を踏みしめた。 胸の奥では、消えない痛みが黒い鼓動となって脈打っている。深く息を吸うことさえ苦しい。それでも、剣先は三人から外さなかった。 さっき刃に現れたはずの青い光は、もうない。星の印も沈黙し、今のアストラル・オースは暗闇のわずかな光を冷たく返しているだけだった。「ちぇ、つまんないの。せっかく人間界の雑誌見て練習したのに」 右に立つ少年悪魔が頬を膨らませ、露骨に肩を落とした。だが、赤い瞳は壊す物を選ぶように城内を眺めている。こいつにとっては、アストリアも人間界も玩具でしかないのか。「龍夜、油断してはいけません。ふざけた姿ですが、あれらの気配は本物です」 低く告げたルゥが、ミユウの前へ腕を伸ばす。いつもの上から目線は残っていたが、声に遊びはなかった。もう片方の手は強く握られ、鋭い視線が三人の足運びを追っている。「分かってる」 短く答えた俺の背中で、白い翼がかすかに揺れた。 中央に立っていた青年悪魔が、整えていた姿勢をほどく。長い脚で一歩進むだけで、奇抜だった空気が消えた。笑みは薄いままなのに、剣を握る右手にも肩にも余計な力がない。 その目が俺の顔からアストラル・オースへ移り、再び戻る。「センターとして、このゼイヴがまずこのガキの相手をする。ルキュ、二人で下がっていろ」 ルキュは不満そうに唇を尖らせたが、逆らわずに右の柱際へ跳び退いた。女悪魔も黒い裾を揺らして左へ下がり、口元に指を添えてこちらを眺める。二人とも
「我が身体にに眠りしアストラル•オースよ、今我が手に」 ルゥが片手を前へ伸ばした瞬間、アストリア城の中心部にある広い空間へ、澄んだ水音が響き渡った。 湖畔から戻った頃には、すでに日は傾き始めていた。高い窓から入り込む夕日が白い石の床を斜めに照らし、俺たち三人の影を細長く引き伸ばしている。 ルゥの指先を囲むように、透き通った水が空中へ集まっていく。どこから流れてきたのかも分からない水は一滴も床へ落ちず、静かに揺れながら細い流れへ変わった。 一筋だった流れが二つに分かれ、さらに幾重にも重なる。 巻き上がった雫が青白い光を宿し、夕日の残る広い空間をゆっくりと舞った。石床へ映った光も水面のように揺らめき、壁や天井に淡い波紋を広げている。 やがて、流れの中心に真っすぐな輪郭が生まれた。 初めは曖昧だったそれが、次第に鋭い刃の形を取り始める。集まった水が薄く引き延ばされ、切っ先から鍔へ、鍔から柄へと姿を変えていった。 水音が少しずつ遠ざかる。 最後の雫が刃へ吸い込まれた時、ルゥの前には一本の剣が浮かんでいた。 長い刃は夕日と青白い光を同時に映し、冷たく透き通った輝きを放っている。派手な装飾などない。それでも、目を離せないほどの存在感があった。 この剣の前では、息をすることさえ試されている。 そんな錯覚を覚えるほど、周囲の空気が張りつめていた。「これが、俺の新しい剣……」 喉からこぼれた声が、広い空間の奥まで響いていく。 アストラル•オース。 この剣を手にする理由は、もう俺の中では決まっていた。 水晶玉に映った複数の影が、脳裏をかすめる。敵が何者なのかは分からない。いつ、この世界へ牙を剥くのかも分からない。 ただ一つ分かっているのは、危険がまだ終わっていないということだ。 そして俺は、元の世界へ戻らず、ここに残る道を選んだ。 誰かに頼まれたからじゃない。運命に押しつけられたからでもない。 ミユウを守りたい。 それを、俺自身が選んだ。 俺は剣へ歩み寄った。 制服の靴が石床を叩くたび、乾いた音が広がっていく。シャツの胸元では、魔王の呪いが存在を主張するように、不穏な鼓動を刻んでいた。 一度、脈が強く跳ねる。 次の鼓動が来るまで、妙に長い間が空く。 その直後、追いつこうとするように二度続けて胸の奥が打ちつけられた。 息を整え、足を
「寒くないか?ミユウ」 腕の中で、ミユウの肩が小さく震えた。 返事はすぐには返ってこない。代わりに聞こえてきたのは、喉の奥で途切れる泣き声と、うまく整わない浅い呼吸だった。俺の制服を掴んだ指が、しゃくり上げるたびに強くなる。 湖から戻ったばかりの銀髪は水を含み、朝の淡い光を鈍く映していた。細い毛先から落ちた雫が俺の手首を伝い、濡れた草の上へ吸い込まれていく。 白い翼もすっかり重くなっていた。羽が何枚も重なって身体へ貼りつき、わずかに動くたび、冷たい水滴を落としている。 夜の名残をまとった風が、森の枝葉を揺らした。 湖面を覆っていた朝靄がゆっくりと流れ、その向こうから夜明けの光が細く差し込んでくる。けれど、光はまだ弱く、濡れたミユウの身体を温めるには足りなかった。「……だいじょうぶ」 胸元から聞こえた声は、今にも消えてしまいそうだった。 どう聞いても大丈夫じゃない。それでも大丈夫だと言い張ろうとするのは、俺に心配をかけたくないからなのか、それとも自分自身へ言い聞かせているのか。 問い詰める気にはなれなかった。 さっきミユウへ押し寄せたものが、ひとりで受け止められるほど軽くなかったことだけは分かる。知らないはずの光景と、恐ろしい声と、長すぎる時間の欠片。それらに呑み込まれかけたミユウは、今も俺の腕へ必死にしがみついている。 すべてを思い出したわけじゃない。 俺の名前すら、まだ戻っていない。 それでも、今のミユウをここへつなぎ止めることはできた。俺にできたのは、この腕を緩めず、何度でもそばにいると伝えることだけだった。 片腕でミユウの背を支えたまま、制服のジャケットへ手をかける。 濡れた翼を押さえつけないように注意しながら脱ぎ、冷えた肩から身体を包み込むように被せた。 夜通し森を歩き回ったせいで、ジャケットにも朝露の湿り気が残っている。それでも、湖の水に冷やされた服よりは、俺の体温が残っているはずだ。 ミユウは驚いたように顔を上げた。 泣き腫らした目が、俺とジャケットを交互に見る。やがて両手で前を掴み、残っている温もりを確かめるように、ゆっくりと胸元へ引き寄せた。「お兄さんの服、暖かい」 掠れた声に、ほんの少しだけ安堵が混じった。 ジャケットの襟へ頬を寄せる仕草を見た途端、胸の奥に張りつめていたものが、わずかにほどける。 夜の
ミユウ、どこだ。教えてくれ。 冷え切った夜気を吸い込むたび、乾いた喉の奥が鋭く痛んだ。 静まり返ったアストリアの石畳を、俺の靴音だけが絶え間なく打ち続けている。窓の灯りはほとんど消え、並んだ家々も、夜の底へ沈み込んだように動かない。「ミユウ!」 声を張り上げても、返ってくるのは建物の壁にぶつかった俺自身の声だけだった。 制服の胸元を片手で押さえながら、細い道へ入る。走るたびに自然に流れる金髪が額へかかり、汗に張りついた。乱暴に払いのけ、暗がりへ目を凝らす。 どこにもいない。 道の端にも、家々の間にも、身を隠せそうな物陰にも、小さな姿は見当たらなかった。 白い羽根ひとつ落ちていない。湿り始めた石畳に、追いかけられるような足跡もない。光も声も残さず、ミユウは夜の中へ消えていた。 まず、城の周囲を捜した。 壁に沿って走り、角を曲がるたびに速度を落として、城壁の陰や閉ざされた扉のそばへ目を向ける。怯えてうずくまっていないか。俺から逃げたあと、行く場所を失って立ち尽くしていないか。 けれど、見つからなかった。 城下へ戻り、別の道を選ぶ。 道が二つに分かれるたび、足が止まりかけた。 右か、左か。 選ばなかった方にミユウがいたらどうする。俺が反対へ走っている間にも、一人でさらに遠くへ行ってしまったら。 焦りが胸の内側へ爪を立てる。 それでも、迷っている時間はない。俺は暗い道の奥を見比べ、城の外へ近づく方を選んだ。 走り出した足音が、再び夜の静寂を壊す。「ミユウ、返事をしてくれ!」 叫びながら角を曲がる。 一瞬、道の先で何かが動いたように見えた。息を呑んで駆け寄るが、風にあおられた布が揺れているだけだった。「くそっ……」 肩で息をしながら、周囲を見回す。 昨夜、ミユウの瞳に浮かんでいた恐怖が離れなかった。 自分は俺の心臓を治せなかった。 自分は俺を殺そうとした。 ミユウの口からこぼれたのは、たった二つの断片だった。けれど、その言葉を口にしたときの顔は、今いる場所さえ見失ってしまいそうなほど青ざめていた。 俺のことを誰なのか分からないまま、それでも俺が苦しんだ光景だけを思い出した。 そんなものを抱えて、一人でどこへ行った。 俺が近づけば、また怯えさせるかもしれない。声をかけた瞬間、逃げられるかもしれない。 それでも捜す。
それから数日後、俺は花が枯れないように毎日水やりをしていた。 朝の光は、薄いカーテンを一枚通るだけで、ずいぶん柔らかくなる。窓辺に置かれた花瓶へ水差しを傾けると、透明な水が細い音を立て、淡い色の花を支える茎の間へ注がれていった。 水を入れすぎて根元を傷めないように量を確かめ、萎れかけた葉を指でそっと起こす。花の世話なんて、元の世界にいた頃はしたこともなかった。それなのに今では、水面の高さや花びらの張りを毎朝確かめないと落ち着かない。 窓ガラスには、制服姿の俺が映っていた。 黄金の光をまとった甲冑は消え、身体はどこにでもいる高校生の姿へ戻っている。ただ、髪だけは戦いの前の色には戻らず、自然に流れる金色のままだった。朝日を受けるたび、見慣れない自分が窓の向こうからこちらを見返してくる。 その姿を見つめていると、胸の奥で別の鼓動が打った。 本来の鼓動へ黒い脈動が重なり、内側から心臓をつかまれたような圧迫感が広がる。水差しを持つ手が一瞬止まり、吸い込んだ息も喉の途中で途切れた。 俺は制服の上から胸を押さえ、痛みが少し引くのを待った。 背中へ視線を感じて振り向くと、寝台の上で身体を起こしていたミユウと目が合った。 銀色の髪は肩の辺りで柔らかく跳ね、朝の光を薄く映している。小さな身体の背には白い翼が畳まれ、呼吸に合わせて羽先だけがわずかに動いていた。 正天使だったときの面影はある。それでも、いま目の前にいるのは、力を使い果たして幼い姿へ戻ったミユウだ。 彼女は数日前に目を覚ましてから、少しずつ身体を起こしていられるようになった。けれど、俺と過ごした時間について尋ねても、困ったように首を傾げるだけだった。自分の名前を呼ばれても、それが本当に自分のものなのか確かめるように、何度か口の中で転がしていた。 俺のことも、毎日ここへ来て花や部屋の世話をする、金髪の年上の少年としか見ていない。 それでも今日は、昨日より長く俺の手元を眺めていた。「お花を育てるのが好きなの?」 窓辺の静けさを破った声は、思っていたより明るかった。 俺は胸から手を離し、何事もなかったように水差しを花瓶の横へ置いた。「好きと言うか、いつも見張ってないと勝手にかれたりするだろ。昔のお前みたいに」 重い話にしたくなくて、わざと不器用な冗談に変える。 ミユウは二度瞬きをしてから、自分
「……っ、は!」 身体が寝台の上で大きく跳ねた。喉の奥から引きつった息がこぼれ、肺へ入りきらなかった冷たい空気が、胸の内側をざらつかせる。 最初に目へ入ったのは、薄闇に沈む天井だった。 太い梁。そのあいだを埋める淡い色の板。視線をずらせば、寝台を囲う天蓋の布が、閉ざされた窓から忍び込む風にかすかに揺れている。見覚えがあるはずなのに、それがどこなのか、すぐにはわからなかった。 朝なのか、夜なのかさえ判然としない。カーテンの隙間から差し込む光は白く濁り、床の上へ細長い筋を作っている。頬を撫でる空気はひどく冷え、荒い呼吸だけが、耳元で何度も反響した。 俺は両手で敷布をつかんだ。 柔らかな布の感触。背中を支える寝台。指のあいだに絡む皺。少なくとも、崩れかけた石床の上ではない。 けれど、どこからここへ来た。 何をしていた。 頭の中を探っても、そこには深い空洞があった。目覚める直前まで見ていたはずの何かが、霧の向こうへ丸ごと隠されている。思い出そうとするほど額の奥が軋み、輪郭のない光ばかりが視界の奥で明滅した。 身を起こすと、肩から掛布が滑り落ちる。 黄金の甲冑はなかった。胸元にあるのは、異世界へ召喚された日に着ていた学校の制服だ。袖も、ボタンも、使い慣れた形へ戻っている。腕を覆っていた光も、身体の奥から溢れていた力も、今は欠片すら感じられない。 額へ落ちた髪を指で払う。 薄暗い部屋の光を受け、その髪は金色に輝いた。長さも髪型も以前のまま、自然に流れている。それでも色だけが黒へ戻らず、あの姿の名残のように残されていた。 俺は息を呑んだ。 その色をきっかけに、黄金の残光が頭の中で炸裂する。 崩れた玉座。亀裂の走る石床。宙を舞う砂埃。押し寄せる黒い魔力。焼けつくような光。身体の芯まで震わせた轟音。空間そのものが悲鳴を上げるように揺れ、砕けた石片が足元で跳ねている。 だが、どの光景も順序を持たなかった。 一つ浮かんでは消え、別の断片に押し流される。誰かの声がした気がするのに、言葉まではつかめない。俺は天井を見上げたまま、乱れた息を整えようとした。 ここは魔王城ではない。 壁にかかった布も、窓枠の形も、寝台の脇に置かれた小さな卓も知っている。アストリアの城で与えられた、俺の部屋だ。 どうしてここにいるのかは、わからなかった。 誰に運ばれたのか
「やった……」 倒れたスライムが、青白い光になって芝生の上へ消えていく。 俺は剣を下ろした瞬間、その場に膝をつきそうになった。 息が荒い。 腕が痛い。 指先はまだ震えている。 それでも、俺は立っていた。 勝った。 たった一匹のスライムだ。 この世界では、子どもでも倒せるような魔物なのかもしれない。勇者を目指すなんて言っている人間が、ここで喜んでいいのかもわからない。 それでも。 俺にとっては、初めて自分の足で踏み出した一歩だった。「龍夜くん!」 ミユウが走ってきた。 次の瞬間、俺の両手をぎゅっと握る。「すごい! 本当にすごいよ! 龍夜くん、最後まで逃げなかった!
「来いよ」 俺は剣を構えた。 怖くないわけじゃない。 足は重く、腕もまだ痺れている。 それでも、もう一度地面に転がされるために、ここへ立ったわけじゃない。 アストリアの神殿の裏庭。 白い石柱に囲まれた芝生の中央で、俺はルゥの召喚したスライムと向き合っていた。 青白く透き通った小さな魔物。 見た目だけなら、子どもでも倒せそうに見える。 だが、昨日の俺はこいつに振り回された。 剣は当たらない。 足は取られる。 動きは読めない。 この世界で魔力のない俺が、どれだけ無力なのか。 思い知らされるには十分すぎる相手だった。 けれど、俺は剣を下げなかった。 少し離れた場所で
「いやあぁっ!」 ミユウの悲鳴で、俺は目を覚ました。 胸に寄りかかっていた小さな身体が、びくんと跳ねる。白い翼がばさりと乱れ、俺の腕から逃げようとするみたいに暴れた。 一瞬、何が起きたのかわからなかった。 ここはアストリアの神殿にある、ミユウの部屋だ。 昨日、ルゥに連れていかれた裏庭で、俺はスライム相手に情けないほど転がされた。何度も倒れて、立ち上がって、最後は気合だけでどうにか前に出た。 そのあと、膝が笑ってまともに歩けなくなった俺を、ミユウがこの部屋まで連れてきた。「龍夜くん、少しだけ休んでいって」 そう言って、俺の手を離さなかった。 本当はすぐ自分の部屋に戻るつもりだ
「雑魚だろ。そんなひょろくて能力もないやつが救世主なんて信じられん」 ルゥの声が、神殿の裏庭に冷たく落ちた。 白い石畳の上で、俺は拳を握ったまま動けなかった。言い返したいのに、喉の奥が焼けつくばかりで、うまく声にならない。 天界アストリアに召喚されてから、俺は何度も自分の弱さを見せつけられている。 戦闘力はない。魔力もない。剣を握っても、手のひらに残るのは頼りない重さだけ。 それでも、ミユウを守るためにここへ来たのだと、俺は思いたかった。「ルゥ、そんな言い方しないで」 俺の隣で、ミユウがむっと頬をふくらませた。 背中の白い羽が、朝の光を受けてやわらかく揺れる。神殿の庭に咲いた